赤穂城は兵庫県赤穂市にある日本100名城の一つです。
築城年代ははっきりしないようですが、1466 〜 1483年頃にはこの地域に城が存在していたようです。 現在の姿は 1648年に浅野長直が近世的な城郭を築城した時の物らしいです。
浅野氏は赤穂浪士で有名な刃傷事件で 1701年に改易になりますが、赤穂城は明治の廃城令まで存続します。 建物は取り壊されましたが、石垣などは史跡として保存されています。
日本100名城のスタンプは赤穂市立歴史博物館に置かれています。
バイクもここの駐車場に停めました。 広さは十分ですし、周辺には他にも駐車場があるので駐車場所には困らないかと思います。 博物館の見学後、赤穂城の散策を開始します。
博物館の裏から赤穂城に入ります。
水堀の中に見えるのは二ノ丸北東櫓台です。 石垣の保存状態は良さそうです。
昔の絵図を見ると、この立派な水堀は昔は海と繋がっていたようです。
今は周りが埋め立てられてますが、赤穂城は元々、海城だったようです。
清水門跡
博物館裏の橋を渡った先にあったのが清水門です。 門自体は現存しません。
奥に見える4つの倉は先ほどの赤穂市立歴史博物館です。 なかなか面白いデザインです。
この門は三ノ丸の入り口となる門で、1701年に浅野氏が改易になった時、大石内蔵助が退去したと伝わる門です。
武家屋敷公園
清水門を通り、三ノ丸の中を進むと左側に武家屋敷公園が見えてきます。 ここは家老格に準ずる重臣だった坂田式右衛門の屋敷があった場所で、門や間取りが復元されています。
他の城もそうですが、重臣たちの屋敷は守りを固める為に門の近くに置かれる事が多いようです。
赤穂城・大石邸長屋門
家老を務めた大石内蔵助の屋敷の長屋門です。 この門の先が大石内蔵助の住居であり、現在は赤穂大石神社義士資料館の敷地となっています。 資料館に入れば長屋門の内側を見学する事が出来ます。 赤穂大石神社には後で参拝していきましょう....。
江戸城で浅野長矩が起こした刃傷事件の知らせは、この門から大石内蔵助に伝えられました。
近藤源八宅長屋門
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