2024-05-04
宇和島城との比較や、山瀬城との関係性など、子供たちが作成した資料も良かったです。 堅苦しく無い、手作り感のある展示も良いですね。
曲輪の周辺は土塁で囲まれてました。 現在の土塁は復元のようです。 奥の方で土塁が途切れてますが、整備の様子を残す為に断ち切ったようで、城だった頃の土塁は繋がってました。 南側土塁の内側には多門櫓があったようで、柱穴が発掘調査で見つかっています。
土塁の高さは 90cm 程度あったようで、外からは建物の下半分は土塁で見えなかったと思います。
先程の土塁が途切れている場所から下を眺めた所です。
結構、下の方が曲輪のようになっています。
年代の違う堀切跡が見つかっており、1棟の掘立柱建物跡も見つかっています。
西第七〜九曲輪
本郭から、ここ第十曲輪までは連続した段曲輪が連なります。 これから段曲輪を登って本郭に向かいます。
下の小さな階段の上が西第九曲輪で、長い階段の右側にある盛り上がった場所が西第八曲輪です。 そして、長い階段を登った先が西第七曲輪です。
階段が無ければ登るのは大変ですね...。
似た様な曲輪が続くので、断言はできないのですが、多分、手前に見えているのが西第七曲輪で、奥に見えるのが先ほど見学していた西第十曲輪です。
階段状に曲輪が続くので、下から攻めてくる敵は良く見えますね...。
西第六曲輪
こちらも「多分」ですが、目の前の高台が西第六曲輪だと思います。
曲輪間は結構な落差があり、見学用の遊歩道は段曲輪の横を登っていく感じです。
写真中央に見えるのが西第六曲輪で、右手前の一段高い所が西第五曲輪です。
曲輪横の道を登って来ましたが、城だった頃はこんな道は無かったかも知れません。
しかし、階段の曲輪が非常に美しいです。 これだけ綺麗に段曲輪の様子が見て取れるのも珍しいかも知れません。
遊歩道から西第五曲輪に入って下を眺めた所です。
奥に見える一段低い所が西第六曲輪です。
だいたい同じような規模感の曲輪が階段状に続きます。 城だった頃は、この曲輪をどうやって登ったのでしょうか?
西第五曲輪から、山の上の方を眺めます。
一段高い所が西第四曲輪で、西第三曲輪へと連なっている所が見えます。
�セ記事を書く
�セコメントをする