静嘉堂文庫美術館は東京都千代田区丸の内にある美術館です。
静嘉堂文庫は 1892年(明治 25年)に岩�ア彌之助(三菱2代目社長)が設立し、岩�ア小彌太(三菱4代目社長)によって拡充されました。 小彌太の死後も遺言により、多くの美術品静嘉堂文庫に寄贈されました。 静嘉堂文庫は 1992年から静嘉堂文庫美術館になります。
結構、前からある美術館なのですが、今回、「よくわかる神仏と人物のフシギ」の記事を見て初めて存在を知りました。
普通の美術展よりもかなり〓み砕いた説明で解りやすかったので気に入りました。 私のような素人には、このくらいの説明が丁度良かったです。
静嘉堂文庫美術館がある明治生命館は 1934年に建てられた古い建物で、この建物自体も重要文化財に指定されています。
明治生命館を設計したのは岡田信一郎です。 建設中に病により信一郎が亡くなると、実弟の岡田捷五郎が引き継ぎました。 敗戦後は GHQ によって接収され、多くの重要会議が行われました。
1956年に返還。 正面にある古代神殿のようなコリント式円柱が特徴的です。
コストが優先される現代なら、こんな凝った装飾の建物は建てないでしょう...。
最近の高層建築は、老朽化すると修復するのでは無く取り壊されます。 多分、建て替えた方がコスト的に安上がりなのでしょう。 もう、100年以上残るような建物は建てられ無いのかも知れませんね..。
2001年〜 2004年にリニューアル工事が行われ、30階建の明治安田生命ビルと融合しました。
静嘉堂文庫美術館の入り口付近に行くと、古い建物と近代的な建物が繋がった変わった景色になります。 明治生命館の 2階は一般公開されており、美術館の後にそちらも見学する事にしました。
明治生命館見学の受付は 2階にあり無料で見学できます。
受付に行くエレベータも当時の姿を残しており、パネルやボタンは当時のままです。
エレベータは OTIS社製のようです。 OTIS社は 1853年に創業した世界最大のエレベーター・エスカレータの会社です。 日本初のエレベーターを設置したのも OTIS社です。
現在の階を示すパネルで「B」が地下階なのは分かりますが「SB」は初めて見ました。
少し調べて見たら、「地下2階」を「SB」、地下3階を「SSB」と表記する事があるようです。
会議室
GHQ に接収中、米・英・中・ソの四ヶ国による対日理事会がここで開催され、マッカーサー司令官がここで演説をしました。 理事会は 2週間隔で行われ、GHQ が廃止される 1952年まで 164回も行われました。
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