東京都 第五福竜丸展示館
2018-05-27


ネット上の記事を見ていて偶然、ここの存在を知りました。
第五福竜丸は知ってましたが、保存されているとは思いもしませんでした。
調べてみると、ここの展示館は改修工事により、2018/07/01 〜 2019/03/31 まで休館するのでその前に行って見る事にします。

新木場駅が最寄り駅です。 夢の島公園の一番端にあるので、駅から徒歩10分との事ですが、もっと遠く感じました。 建物は特徴的な形状で、予想以上に大きかったです。
当時、廃船になっていた第五福竜丸はゴミ置き場だった夢の島に放置されてました。
それを知った市民から保存の声が上がり、昭和51年からこの展示館で展示されています。
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建物の中には第五福竜丸が展示されています。
予想以上に大きな船ですが、太平洋の真ん中まで行ってマグロ漁をする事を考えると、少し心許ない印象を受ける木造船です。
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1954年、第五福竜丸はマーシャル諸島ビキニ環礁 160km 沖でアメリカの水爆実験によって発生した「死の灰」を浴びます。 この事故で乗員23名は全員被爆し、久保山無線長が治療中に死亡します。
危険区域内には他にも操業していた漁船が多数おり、島民を含めて大勢が被爆しています。
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この実験により汚染されたマグロが大量に水揚げされます。
その結果、485.75t が廃棄されました。
その年の秋〜冬には汚染された海流が日本沿岸にたどり着き、日本沿岸でも汚染された魚が獲れるようになります。 しかし、政府はその年の12月には検査を打ち切ります。
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1947年に建造された第五福竜丸は、当初、カツオ漁船として使用されてました。 当初はフィリピンや台湾、カムチャッカ半島など、比較的日本近海で操業してました。
1951年にカツオ漁船に改造され、遠洋漁業に出ている時に被爆します。 元々、違う目的で作られた船だった訳で、遠洋漁業にしては心許ない印象を受けたのはそのせいかも知れません。
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被爆後は除染されて練習船に改造されます。 その時、船名も「はやぶさ丸」に変わりました。
1967年に老朽化により廃船となり放置されていた訳ですが、よく第五福竜丸だと気が付いた物です。
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