群馬県 名胡桃城
2018-07-14


名胡桃城は当時武田氏の家臣であった真田昌幸により 1579年に築城されました。 背景には上杉、武田、北条による熾烈な領地争いがあります。
1589年、豊臣秀吉の調停により名胡桃城は真田氏の領地となりますが、北条氏の家臣猪俣邦憲によって奪われます。 この事件は秀吉による小田原征伐の口実として利用されます。
1590年、小田原攻めで北条氏が滅ぶと名胡桃城は廃城となります。
非常に短命な城せすが、歴史のターニングポイントになった重要な場所でもあります。

早朝、名胡桃城の駐車場に到着。 駐車スペースは十分な広さです。
この駐車場、般若郭とよばれる場所で名胡桃城の中で一番大きな郭だったようです。
この郭は名胡桃城が築城される前から存在していた可能性があるらしく、多くの建物跡が見つかっているようです。
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駐車場の周辺をよく見ると堀で囲まれているのが分かります。
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名胡桃城址案内所
名胡桃城の出入り口付近にある案内所で、ここに続100名城のスタンプが置かれてます。
中には名胡桃城のパンフレットなどもあるので先に立ち寄ると良いかと思います。
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丸馬出
三郭の出入り口に配置された丸馬出跡です。

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