若桜鬼ヶ城は、鳥取県八頭郡若桜町にある続 100名城の一つです。
正確な築城年代は不明ですが、1200年に矢部暉種が築城した説があります。
1575年、尼子氏の再興を画策した山中幸盛(鹿介)によって城主が捉えられ、若桜鬼ヶ城は山中幸盛手に渡ります。 しかし、翌年には敗走して若桜鬼ヶ城は毛利氏が所領します。
1580年、豊臣秀吉の侵攻により毛利氏は
鳥取城に退去し、八木豊信が城主となります。 なお、翌年、
鳥取城は「鳥取の渇殺」で知られる悲惨な籠城戦の末に落城します。
1581年に八木豊信が降格となって城主が木下重堅に変わりますが、重堅は関ヶ原合戦で敗退して自刃します。 関ヶ原合戦後は山崎家盛が城主になりますが、1617年、山崎氏は備中成羽に転封となり、一国一城令の影響で若桜鬼ヶ城は廃城になります。
若桜町 観光案内所
若桜鬼ヶ城と続 100名城のスタンプが置かれている場所は少し離れています。
今回は観光案内所で先にスタンプを押してから城跡の見学をする事にします。
建物裏に駐車場があるのですが、隣接するスーパーマーケットの駐車場だと思います。
私はバイクだったので、歩道脇に停めてスタンプを押して足早に出発しました。
駐車場
狭い林道を登って行くと舗装道路の終着点付近に車を数台停められる場所があります。
未舗装ですが、この先にも駐車スペースが存在します。
オフロード車では無いので、ここにバイクを停めて歩く事にしました。
未舗装区間も、ちゃんと整備はされているので、この先の駐車場でも問題無いかも知れません。 ただ、私はバイクでも細い道は走りたく無いので...。
堀切
奥にあった駐車場付近は馬場だったようです。
その馬場を通り過ぎた先にあった堀切です。
馬場のある若桜鬼ヶ城の南側は比較的緩やかな尾根が続くので、そこからの侵入を防ぐ為の物だと思います。 昔はもっと深かったかも知れないです。
もしかしたら、この辺りも曲輪だったのかも知れません。
この先を進むとホウズキ段の石垣に突き当ります。
石垣の手前には動物除けの電気柵がありますが、「電気柵は通電を停止しています。フックを外してお入りください。」の看板があり、中に入る事は可能です。
「熊注意」の看板もあったので、この辺りは野生動物が多いのかも知れません。
通電して無いとの事ですが、恐る恐るフックを外して中に入ります。
(中に入ったらフックを戻しましょう。)
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